不定期連載『Face』#01 榊原琴乃が持つプロフェッショナルな姿勢と楽しむ心
2025/26シーズンの選手たちの素顔や試合に臨む姿を伝える不定期連載『Face』をスタートします。
第1回は、ノジマステラ神奈川相模原から覚悟を持って移籍をしてきた榊原琴乃選手のコラムです。ぜひ、ご一読ください。
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アルビレックス新潟レディース戦を控えた8月14日。
練習が終わった後、おもむろに榊原琴乃は、監督の堀孝史に近づき、声を掛けた。
ワイドのポジションにいた際のプレーについての確認をしているようだった。
堀は、榊原が想定している状況を丁寧に聞き、そうした場合にはこういう選択肢があり、そのときにこうアクションを起こすと、相手が原則としてこう動く可能性が高いので、そこから生まれる選択肢はこれとこれとこれ、というような感じで、丁寧に答えていく。
榊原はその回答にさらに質問を重ね、自分のプレーの整理と感触を堀に伝え、また堀がそれに回答をしていく。そのコミュニケーションの積み重ねで、榊原はピッチ上で起こりうる状況を丁寧に整理しているようだった。
互いに意見を交わした時間は8分ほど。
決して短い時間ではないだろう。とても有意義な意見交換のようだった。

◆来い!ボール、来てくれ!◆
“来い!ボール、来てくれ!”
8月10日のホーム開幕となったサンフレッチェ広島レジーナ戦。スタメンで出場した榊原は、試合中、スコアを動かすため、ピッチ上でそう願っていた。
与えられた役割の責任を感じていたこと、加えて良い形でボールが入ってくれば、"違い"を生み出せる自信もあったからだ。
前半19分のCKとなったドリブルの仕掛け。
22分のフリックをしたコンビネーション。
76分の加藤千佳とのワンツーから中央の伊藤美紀につなげてフィニッシュを引き出したシーン。
仕掛けることで相手がどう対応するのか。あるいは味方がどこにいて、どこにスペースが生まれているのか。
監督から提示されているサッカーを理解しているからこそ、彼女が選択するプレーからは、何かが起きそうな気配を感じさせた。

◆開幕戦の課題と手応え◆
この日、チームは開幕の緊張からか積み上げてきたものを周囲の人たちがわかるほどに見せられたとは言いがたかった。
決して、何もできなかったわけではない。
広島の組織的な守備の圧力には苦労したが、チーム全体で果敢にチャレンジしようと模索していたし、しっかりと立ち位置を取り、その優位性を活かしてボールを前進させるシーンも見せた。
しかし、大きなチャンスを作る一歩、二歩手前で、技術ミスや判断ミスが出て決定機と言える場面を数多くは作りきれなかった。
もしそのパスが通っていたらーー。
広大なスペースに数的優位な状況ができ、相手の予測を上回るシーンを作れそうな回数は複数あった。
榊原はこう振り返っている。
「開始早々にピンチがあるなど、前半は自分たちの簡単なミスで相手に流れが行ってしまい、チームとして自分たちがやりたいプレーがなかなか出せなかった、という反省があります。広島が中に絞っていたので、サイドが起点となって、自分や(松尾)美月さんはドリブル突破が得意な選手なので、自分たちがもう少し張ってチームの攻撃の軸をワイドから作って、相手を開かせてから中から崩す、ということを前半からやれればよかったです。
後半は自分がうまくワイドに張って、右サイドから逆に展開してきたボールに対して、あえて開いていることによって相手のスライドが間に合わないなどでチャンスを作れていました。そういうことを前半から自分が流れを見てやれれば、と思いました」
「個人的には、もう少し自分のドリブルでサイドを打開できればチームの攻撃の軸というか、そういうものになれたのかなと感じました。そこは課題ですけど、加えてやっぱりチームとして練習してきたことを出せれば、もっともっといいシーンはできたのかなと反省があります」
◆優しい兄たちと厳しい父の間で育まれた負けん気◆

彼女のプレーの大きな特長はドリブルだ。
159cm。体つきも細いタイプで、決して大きな身体とは言えないが、相手の逆を取る感性と磨き続けてきたテクニックで、“違い”を作り、見る者に驚きを与える。
その原点は、何か、というと、家族との日常だったという。
サッカーを始めたのは小学3年生のとき。父と5歳上、3歳上の2人の兄の存在がきっかけだった。
「父がバスケをやっていて、兄たちがサッカーをやっていて。どちらにスポーツを教えてもらおうか、となったときに、兄たちの方が優しいなと思ってサッカーを始めました(笑)」
「結局、父も(サッカーについて)意見を言ってきて、やっぱり厳しかったんです。だから結局どっちを選んでも厳しいお父さんがいました(笑)」
榊原はそう言って笑ったが、そうして選んだサッカーが彼女にとっては、かけがえのないものになった。
生来の負けん気の強さが、後押しをしたからだった。
「私自身は、すごく負けず嫌いだったので、兄に家の駐車場の前で1対1を仕掛けて、負けて泣くっていうのをずっと繰り返していました」
何度も兄に挑み、負けては泣く。
その繰り返しが、彼女の、プロサッカー選手としての道を切り開いた。
◆チャンスを逃さない覚悟◆

AC長野パルセイロ・レディース、ノジマステラ神奈川相模原を経て、2025年6月、榊原は三菱重工浦和レッズレディースへの移籍を決断する。
榊原ははっきりと口にする。
「目指せる環境を与えられているのであれば、(チャンスを)逃すっていう選択肢はまずないです」
だが、この決断が決して簡単ではないことも想像に難くなかった。
なぜなら榊原自身、「トップを狙えるチームに今までいたことがなかった」からだ。
特にレッズレディースは、昨シーズン、目指した結果を残せず、2025/26シーズンは「勝負の年」と位置づけるであろうこと、そして、周囲の見立ても厳しいことがわかっていた。
「やっぱり応援してくださるみなさんもたくさんいて、すごく、最初はちょっとやばいなっていうふうに思ってたんですけど...」
正直な気持ちを吐露する。
だが、彼女らしい、若くともプロフェッショナルな気質と覚悟をのぞかせ、こう話した。
「プレッシャーがある中での加入っていうのはありましたけど、不安もありつつ、でもそんなの関係なく、自分の最大限を出せば認めさせられるという自負もあったので。どちらにせよ、やらなければいけないというふうには思っていましたから」
そして続けた。
「試合をやった雰囲気とか1試合目の感覚的には、やっぱり味方が多いなというふうに思いました。だから、この人たちを全員笑顔にさせてあげたい、勝利に導きたいというふうに思えたので、そんなに今は気負わず今シーズンやれるかなと思っています」
こうした前向きなプロ気質は、環境が育んでくれた。
「兄が中学からエスパルスのジュニアユース、グランパスのユースだったから、やっぱり男子の育成の環境って、そういうところはしっかりしてて。父がそういう厳しいプロの環境を兄の関係で見ていたから、父もしっかりしなきゃで、自分もプロを目指すならそのくらいはふつうだ、という感じで言われていました」
性別も年齢も関係ない。ピッチに立てば、一人のプロフェッショナル。
その意識が、彼女のプレーを支える確かな要素の一つになっている。
◆新チームの感触◆

そんな彼女は新たに加わったチームをどう見ているのだろうか。
「レッズに来て、自分がやりたいことを優先順位が高いままやれていると感じています」
これまでは、自分の武器であるドリブルを仕掛けるために、多くの準備やプロセスが必要だった。
「チームのシステムだったり、求められる役割だったり。いろんなことをやってからではないと、特長を出す場面を作れないこともあったんですが、今はそこまでをチームが持ってきてくれるんです」
「だから自分がよい状態で受けることができます。そのまま仕掛けられるというのが多くて。そこは変わった部分だと思います」
自身の得意なプレーを発揮させてくれる仲間と環境。そして提示されるサッカーも含め、それらが彼女に新たな思考をも、もたらしている。
「みんな立ち位置もいいですし、やっぱりずっとそこを考えながら、今まで以上に考えてプレーするようになったと思っています」
◆掲げた言葉は「楽しませる」◆

最後に今シーズンのアピールポイントを尋ねると、「楽しませたいです」と、シンプルに返ってきた。
そして続ける。
「ドリブルで見る人がワクワクしたり、チームとして戦術で崩して楽しませたり。それで自分自身もプレーしていて楽しかったり、チームメイトも自分と一緒にやって楽しいなと思ってもらえるように頑張りたいです」
見る人も彼女と一緒にプレーする仲間も楽しみ、そして自分自身も楽しむ。そんな瞬間を生み出そうと、榊原はピッチに立つ。
そんな彼女が、最もサッカーを「楽しい」と感じる瞬間は次のときだそうだ。
「全員が意図があって(ゴールが)入ったとき」
そして「個人的には、1対1を仕掛けて、相手を置き去りにしたとき。相手がパスかドリブルか分からなくなって困惑しているときに抜きます、みたいな(笑)」
いたずらっぽく笑うその表情に、彼女がサッカーを本当に好きなんだろうなと感じた。
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第2節は、アウェイでのアルビレックス新潟レディースとの一戦になる。
難敵ではあるものの、開幕戦で勝利を得られなかったチームとしては、是が非でも3ポイントを獲りたい試合だ。
榊原の最終的な目標は「世界で活躍できる選手になること」。
それは「海外でプレーするとかじゃなくて、海外でもふつうに主力として活躍できる選手になること」だ。
その大きな夢への第一歩として、まずはこのチームで確固たる地位を築き、タイトルを目指す。
開幕戦を経て、そんな彼女が、どんなプレーを見せてくれるのか。
プロフェッショナルな姿勢と覚悟、そして楽しむ心を持つ背番号8のMFのプレーを見て、ぜひサッカーの魅力を味わってほしい。
(文・写真/URL:OMA)
