不定期連載『Face』vol.4 強い思いで復帰した加藤千佳が体現するスタジアムでこそ見たいプレー

2025/26シーズンの選手たちの素顔や試合に臨む姿を伝える不定期連載『Face』。

 

 

第4回は、5シーズンぶりにレッズレディースに復帰した加藤千佳選手のコラムです。加藤選手の復帰をした思いなどに触れています。ぜひ、ご一読ください。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「(このチームでプレーするのが)めちゃくちゃ楽しいです」

 

「復帰させてもらって、本当にありがとうございました」

 

 

7月27日にアメリカツアーで行われたBay FCとのフレンドリーマッチ。

 

試合を終え、他選手がピッチで相手チームの選手と交流している様子を眺めながら、加藤千佳は、近くに座っていたスポーツダイレクターの工藤輝央に声を掛けた。

 

充実した表情で伝えたその言葉には加藤の真情がこもっていた。

 

なぜなら、そのたった二か月ほど前ーー。

レッズへの復帰が実現していなければ、加藤はスパイクを脱ぎ、現役を退くことも考えていたからだった。

 

 

 

 

 

◆復帰への強い思い◆

 

 

工藤にジェフユナイテッド市原・千葉レディースの強化担当から連絡があったのは、2024-25シーズンを終えたころだった。

 

なんだろう、と電話を取ると、加藤が工藤と話をしたいと言っている、一度聞いてあげてくれないか、ということだった。

 

工藤は「もちろんです」と返しつつ、これも縁かもしれない、と感じていた。

 

OGである彼女の最近の動向を気にしていたからだった。

 

その後、加藤の情報をさらに集め、選手としての状態を確認した上で、連絡を取り合い、直接会った。

 

そのとき、彼女からは次のようなことを伝えられた。

 

レッズレディースに復帰したい強い思いがあること。

他のクラブを経験し、レッズがいかに恵まれているかを感じたこと。

また他クラブを経験したことで、育ててもらったクラブへの愛がより深まったこと。

だからこそ、自分が育成出身者として、後輩に伝えられるものがあること。

レッズに復帰できない場合は引退も考えていること。

 

 

工藤はシンプルにその熱量に驚いた。

 

あの、どちらかというと、自己主張をしないタイプだった加藤が、これだけの熱量を持って話をしている。驚きと同時に、うれしさもあった。

 

もちろん選手獲得の本質的な要素の一つは、プレーヤーとしての力量になる。事前に集めた情報で選手としての状態には問題がないことがわかっていた。

 

加えて、工藤には、加藤の選手としての特性が、監督の堀孝史が提示するサッカーに合う確信もあった。

 

工藤がレッズレディースのヘッドコーチ兼GKコーチをしていたころ。

ゲームトレーニングに、コーチである工藤がDFとして入ることがあった。

 

そのとき、同じチームになると、よく加藤とは目が合った。

工藤が相手チームの選手の予測を裏切るような意表を突くパスをしたときも、加藤は、その意図を予測し、受け手として反応していることが多々あったのだ。

 

堀が提示する、相手と、生まれているスペースを見て駆け引きをし、複数の選択肢の中から選んで前進していくスタイル。

 

きっとチームの力になってくれる。

 

面談後、いくつかのプロセスを経て工藤は加藤の獲得を最終決定し、手続きに移った。

 

 

 

 

◆自身を突き動かしたもの◆

 

 

加藤は自分からスポーツダイレクターである工藤にコンタクトしてまで動いた思いについて次のように語る。

 

「一番は、やっぱり恩返ししたいという気持ちが強かったです。育ててくれたクラブなので」

 

「それと、昨シーズンを見ていても、やっぱりプレースタイル的にレッズのスタイルはいいなと思っていて、戻りたい思いが強くなっていました」

 

そして、既知である人物が強化のトップをやっていることも大きかった。

 

「工藤さんにもユース時代からお世話になっていて、クラブにもですけど、恩返ししたいと思っていましたし、工藤さんとか知っている人でなければ、連絡をすることもなかったと思います」

 

タイミングや縁、選手とクラブ双方の意思が合致し、実現した移籍だった。

 

 

 

 

◆他クラブで学び、成長したもの◆

 

 

加藤がレッズレディースからちふれASエルフェン埼玉に移籍したのは、2021-22シーズン。女子プロサッカーリーグであるWEリーグが誕生した元年の年だった。

 

育成からトップ登録され、11シーズン在籍した居心地のよい場所から新たなチームに移籍する。そのチャレンジについて、加藤は次のように話す。

 

「外の世界を見てみたい、という気持ちが一番強かったです。他チームはどうなんだろう?という好奇心が、当時は一番強かったですね」

 

移籍1年目のシーズンはリーグで20試合に出場し、1得点と結果を残した。しかし、その後は、EL埼玉でも、次に移籍した千葉Lでも、なかなか多くの出場機会を得ることができなかった。

 

負傷などがあったためだった。

 

では、思うようなシーズンを送れず、得るものがなかったのか、というと、そうではなかった。

 

レッズレディースとは違ったサッカー、よい仲間に出会い、自身の選手としての幅が広がったからだ。

 

「レッズのときは、上の世代の選手もいっぱいいて、その人たちに支えられて自分はプレーできていたという印象でした。だから、他チームのときは自分も支える側として成長したいという思いになりました」

 

「それとレッズほどには主導権を握ったサッカーができないケースが多かったので、自分が気づいて動いたり、味方の動きを理解して、合わせていかないとうまくいかないということに気づいて。それで人に合わせていくことをより身につけていきました」

 

他チームでの時間は、もともと持っていた彼女の選手としての特性が磨かれる時間になっていた。

 

 

◆オフの動きが素晴らしい◆

 

 

今年2月からレッズレディースのジュニアユースの監督に就任している西谷冬樹は、アメリカで初めて加藤のプレーを見たとき、すぐに目につき、良い選手だと感じていた。

 

ジュニアユースはNIKE PREMIER CUPの世界大会に出場するため、ちょうどトップチームのアメリカツアーと同時期に同国に来ており、Portland Thorns FCとのフレンドリーマッチを現地で視察していたのだ。

 

西谷は次のように話す。

 

「(加藤選手は)まずアグレッシブですよね。攻撃も守備も。彼女が前線からしっかりとチェイスをしているから、相手のボールの出所がバシッと決まって、その後の選手たちが奪いやすい状況を作っている。逆に攻撃では、連続して足を止めずに動き続け、常にボールに絡んでいます」

 

「だから、アメリカでもボールがないところの動き、いわゆるオフの動きを見ていたけど、もうそれがすべてじゃないかと思う。なぜ、あんなにボールに絡めるのか、と考えると、オフのときにずっとポジションを取り続けているんですよね。ボールが逆サイドの、自分とは全然遠いサイドにあるときでも、次にどうしたらいいか、という予測を立てて細かく動き続けている」

 

「それと」と、西谷は、育成指導者として長くこの世界に携わってきた彼らしい見解を付け加えた。

 

「彼女は、バックボーンを聞くと、もともといた選手なんですよね。そうした選手がまた戻ってきた。そのあたりのストーリーが、見ていても感じられますよね。好きなクラブに戻ってきた、うれしい!みたいな」

 

「プレーがそういう表現になっている。だから、勝利に貪欲で貢献したいというものが前面に出ていて、あ、とても良い選手だなって」

 

 

 

 

 

◆サッカーの奥深さを体感している◆

 

 

西谷の印象どおり、加藤はレッズに戻り、とても充実した時間を過ごしている。

 

「やっぱりレッズのサッカーって楽しいなと実感していて、自分にとってとてもプラスになっていると感じています」

 

「堀さんが提示してくれているサッカーをやってみて、すごく楽しいです。みんなのポジショニングもつながりやすくて、孤立している感覚がないんです。それがすごく自分に合っているというか、楽しいですね」

 

堀が提示するサッカーを表現するのは、決して簡単ではないだろう。常に相手とスペースを見ながら駆け引きをして技術を発揮する。

 

頭と身体をフル回転させて取り組まなければ表現ができない、サッカーの本質を追究したものでもあるからだ。

 

だが、だからこそその奥深さを体験でき、楽しいと加藤は言う。

 

「サイドハーフをやっていたときは、駆け引きをすると言っても相手のサイドバックとの駆け引きだったんです。足元でもらうか、裏に行くか、内側を取るか。でも、シャドーをやるようになって、あっこのポジションを取ると、サイドバックが嫌がる、こっちのポジションを取るとセンターバックが嫌がる、とか感じられて、幅が広がりました」

 

 

「それと、結構、チームメイトとうまくいかないときとか、難しいことに直面したときに話したりするんですけど、でもその難しさを共有して話し合っている時間も自分は楽しいと感じるんですよね」

 

 

 

◆サッカーの好きなところ◆

 

 

そんな加藤のサッカー観はどんなものなのか。質問をすると人とのつながりを大切にする彼女らしい言葉が返ってきた。

 

「私自身は、連係で崩していくのが好きなんです。スペースやポジショニングというのはとても意識していて、特に自分にとってはそれが生命線かなというのは思っています」

 

「あと、あっ、今の良かったね!みたいな、今の守備の仕方、チームとして、グループとしてできたね、というのをみんなで共有できる瞬間も好きです」

 

そして、次の言葉が特に加藤という人物のパーソナリティーを表していると思う。

 

「サッカーは孤立しているというよりも、つながっていて、一人のミスを庇える、庇い合えるところがいいんですよね。たとえば野球って、守備をしていてもエラーしたら、その選手のミスとして目立っちゃうじゃないですか」

 

「でも、サッカーは一人がミスしても、近くの人がフォローしたら、ミスに見えなかったり、それが良いチャンスにもなったりするので、それが好きなところです」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

9月21日。今季、優勝争いのライバルであるINAC神戸レオネッサと戦った首位攻防戦。

 

前半20分の島田芽依の先制ゴールは、一見すると、高橋はなの正確なロングパス、そして島田の背後へのランニングに目が奪われたシーンだったと思う。

 

公式記録にも得点経過として下記のように記されている。

 

「中央 34 ヘディング ↑ 右 7 ↑ 中央 15 右足 S」

 

平川陽菜がボールを奪ってから自陣右サイド付近で高橋がボールを確保し、一気にロングパス。最後は島田が右足でシュート。加藤の名前は出てこない。

 

だが、鍵になったのは加藤の隠れた好プレーだった。

 

「相手のセンターバックの三宅(史織)選手がキーになると思っていた」加藤は、三宅が自分に食いつくように駆け引きをし、あの瞬間、自陣でちょうどセンターバックとMFの間のファジーなポジションを取り、ボールをもらうような動きをしている。

 

加藤の思惑どおり、三宅がその動きに釣られ、相手のディフェンスラインにはギャップができた。

 

高橋、島田は、その瞬間を感じ取り、アクションを起こして、一気にゴールを陥れたのだ。

 

チームとしての狙いが表現された素晴らしいゴール。

 

直接ボールに関わっていないが、味方とのつながりを大切にする加藤らしさが凝縮されたとても価値のあるプレーだった。

 

その話を振ると、加藤は笑顔でこう返してきた。

 

「そうなんです。だから映像だとわかりにくいので、ぜひ、スタジアムに来ていただきたいと思っています!」

 

身長153センチながら、サッカーの奥深さを体現する背番号6のMF。

 

彼女のプレーは、スタジアムでこそその価値を理解することができる。

 

ぜひ、来場いただき、加藤が魅せるプレーを堪能してほしい。

 

(文・写真/URL:OMA)

 

 

 

【関連コンテンツ】