Future Diamonds vol.03 –世界基準の育成を目指して ―― 米田徹 育成ダイレクター
三菱重工浦和レッズレディースの育成組織の活動などをお伝えするFuture Diamonds。第3回は、2025年2月に育成ダイレクターに就任し、8月からはユース監督も兼務する米田徹氏に、育成ダイレクターに就任した経緯や育成組織全体の話を聞くと共に、夏に行ったユースのスウェーデン遠征についても話を聞きました。

「世界に挑戦する育成を作りたい」
――育成ダイレクターに就任されて8ヶ月ほどが経ちました。就任の経緯を教えてください。
工藤さん(輝央スポーツダイレクター)からお話をいただいたのがきっかけです。世界に挑戦する組織を作っていきたいという明確なビジョンがあって、これは非常にやりがいのあるものだなと感じました。僕にとっては女子の世界は初めての挑戦ではあったんですけど、喜んで挑戦させてもらうことにしました。
――これまでトップカテゴリーでの経験が豊富だった米田ダイレクターが、今回のオファーを受けた決め手は何だったのでしょうか。
決め手は大きく二つありました。一つは、工藤さんが話してくれた内容が、なんというか、絵に描いた餅ではなく、具体的なビジョンがあって、実現の可能性をとても感じられたことでした。“よくある話”とは違いました。
もう一つは、男子との違いというか、男子サッカーの現状についてずっと考えていたことが私自身もあったんですが、なかなかその実現が難しい状況が男子の世界にはあるんですね。理想で言うと、クラブの育成組織から選手を育て上げていくというのが本来あるべき姿の一つだと多くの方が考えてくださると思うのですが、トップチームありきで始まったJリーグが、依然その順序を整えられていない苦労を感じていました。理想と現実がなかなか重ね合わないということですね。
――具体的にはどういうことでしょうか。
たとえば、それは自分がこれまでお世話になったクラブがそうということではなく、サッカー界の傾向の一つに「これだけの金額を出すんだったら、アカデミーを作るよりもストライカーを連れてきてくれ」というのが当たり前の世界になってしまっているような印象を受けることもありました。それはもちろんその人の仕事にしてみればそうなんです。トップが強くならなければパートナー企業も集まらないし、来場者も集まらない。じゃあ、強いチームを作るために、この予算をどこに注ぐかと考えれば、もうしょうがないというのは痛いほど分かる。その考えの流れは理解できるんです。
だけど、現実的にはそうであっても、クラブの考えとして、軸になるものがあるか。その理想とどう繋がっていくのかというのが、ずっと悩んでいたところでした。
工藤さんが話してくれたことは、まさにそうしたところを作っていける、男子のあのころの理想からスタートできる話だなと感じました。それがすごく魅力的だったんです。
それと、そもそも新しいものに挑戦してみるというのが好きなタイプなので、新しいことをやらせてもらえる機会というのをすごくポジティブに捉えました。女子の世界は初めてですが、その新しい挑戦がまた魅力的でした。

サッカークラブの理想を実現する――日本に基準を作る役割
――レッズレディースで理想的な育成体制を実現できれば、サッカー界全体への貢献にもつながりそうです。
サッカー界全体のことまでは最初は考えていなかったんです。それはむしろ、ここの仲間に入れてもらって過ごしている中で、このクラブの役割というところから痛感するようになりました。
いろんな人と話したり、他のチームに行ってみたり、女子がサッカーをやっているところに行ったり、トレセンに行ったり、いろんなところに行って感じたのは、このチームのやることは日本に基準を作るということ。世界の基準を日本に持ってくるというところなんだなと。
いろいろな立場のチームがサッカーにはあっていいんだけれども、このチームは、日本に基準を作るチームなんだということです。そういう考えを持って日々仕事に取り組まなくちゃいけない。もうすべてはそこにつながるし、全部そこに行っています。
――それは就任後に気づかれたことなんですね。
そうです。最初に考えていたことじゃないんだけど、このクラブに来て過ごしている中ですごく感じました。世界の基準を日本に持ってくる。そういう影響を出していかないといけないチームなんだなと。
そして、たまたまそういう仲間がいるのもすごく大きいです。同じ考えや同じ感覚を持っている人が今いるというのが、すごくやりがいがあります。工藤SDもそうだし、堀監督もそうだし、ジュニアユース監督の西谷さんなんかもそうです。育成スタッフも全員がそのような感覚を持っており、そういう人たちと一緒に仕事ができているのは、本当にやりがいを感じています。
「世界との違い」を見せられる選手を育てる

――育成全体をどのような方向に向かわせたいですか。
まず、他のいろいろなチームよりも、より世界基準を目指すチームだということです。集まった人たち――保護者や学校の先生、応援してくれる人たち、そして何より僕らスタッフや選手、子供たちが、それを理解するということを作り上げていかなければいけない。それは絶対に大事だと思っています。
――具体的にはどういうことでしょうか。
僕は「世界との差」という言い方はしていなくて、「世界との違い」だと思っています。世界に行けば分かるけど、“違い”であって“差”ではないんですね。これはジュニアユース監督の西谷さんも言っていたんですが。その違いというのをもっともっと見せていかなきゃいけない。それがこのクラブの役割だと思うと、まだまだ見えていない、足りないというのがすごく出てきます。
この“違い”をもっともっと見せて、身につけていくことが、このクラブの目標にもなるし、世界の環境にしていくということに絶対必要になってくる。日本のチームの違いって何?レッズレディースの違いって何?というのが、もっともっと出てくる方が、やっぱり結局みんなが楽しめるし、面白くなると思うんです。それを作ることが、今の本当に大きな役割じゃないかなと思います。
――つまり、昇格人数だけを目標にするのではないということですね。
そのとおりです。昇格が何人かではなく、このクラブに世界を持ってこられるかどうか。その役割を担える選手を育てるということです。もちろん、その途中にはトップチームで出場していくことが必要だから、昇格というのがあります。でも、昇格の人数は大事な指標の一つですが、いまある世界との“違い”の部分を見せられる、世界を持ってこられる選手が何人出てくるかというところに取り組んでいきたいです。
今までやってきてくれた方たちが作ってきたものに、さらに積み上げていくのが今の僕の役割です。基準のフェーズが変わって、挑戦の場所が変わっているという認識です。
スウェーデン遠征が示した「世界との違い」
――米田育成ダイレクターは、ユース監督も兼任されています。今年のユースチームが行ったスウェーデン遠征では、どのような経験ができましたか。
スウェーデンでは、女子の育成の試合でも、最低1000人くらいは観客が来てくれていました。
試合が終わった後、同じ年代やその下の子どもたちが、照れているのかはにかみながら、一人来て、うちの選手たちと挨拶したり写真を撮ったりしていたんです。最初は東洋人ですし、物珍しさからかなと思ったんです。
だけど、現地の日本人の方たちに聞いたら、いや、そうじゃないんだと。活躍した選手への賛美表現がこれなんだということを言われて、女子でもこうした状況になるんだなと。みんなすごく感激しました。
ただ、最初はすごく嬉しくて対応していたんですけど、ちょっと寂しそうだなと思った瞬間があって。それは日本との違いを感じたからです。見ていて、日本には女子サッカーの育成でここまでのものがないなというのを選手たちが寂しく感じていたように思いました。
でも、じゃあそれができるようになったらいいねというのが率直な気持ちだけど、それを日本に作っていくのが私たちだよねというのが、このクラブの役割になるんじゃないかなと思ったんです。
――それは米田さんが指導者として感じた大きな学びだったんですね。
すごく大きなことでした。みんな、やっぱり環境の違いを感じたと思うんです。浦和レッズは、誰かがやってくれることを期待して歩むクラブではないないんだろうと。日本中で尽力されている女子サッカー関係者の努力を世界に繋ぎ、そこへの道を指し示すチームなんだと大きな責任を感じています。
それを選手たちにも伝えて理解してもらう。このクラブに入って、そういった役割とか責任みたいなものを感じて仕事をしています。どんな仕事も責任というのは、誰にでも、どの仕事にもあると思うけど、やっぱりその責任が明確になっているというのがすごくやりやすいし、やりがいがある。何をすればいいの?ということじゃないですから。
サッカー文化に触れ、自分たちのやりたいことが明確に
――選手たちにとって、どのような学びがありましたか。
選手たちは、途中で負けてしまってチャンピオンになれなかったという悔しい思いをしました。それが一つ。
もう一つは、生活の部分ですね。ホテルではなく、各チーム、学校の教室を大部屋のように使用して生活をしました。それと公共交通機関――トラム(路面電車)だったり、バスだったり、電車で移動して歩きも含めて会場まで移動しました。そういう分だけ、すごく地域に馴染む時間があって、生活文化の違いやサッカー文化の違いというものをまのあたりにしました。
他のチームとのサッカーの違いも感じました。フィジカル重視のところに対して、自分たちがこれをやりたいというものが芽生える部分がありました。ただやりたいだけでは表現しきれず負けてしまいました。だからその違いをもっと身につけ、発揮させるにはどうしたらいいかというのを持ち帰って、日本でやっていきましょうという形になりました。
本人たちは、自分のやりたいことが整理されてきたというか、明確になったんじゃないかなと思います。目指す場所もそうだし、何をすればそこに行けるのかというのが少し明確になった機会でした。
過酷な環境で見せた選手たちの逞しさ
――いまはあまり経験しない、大部屋での昔の合宿風の環境で生活できたのも、選手の成長につながったのでしょうか。
その通りです。学校の教室にマットレスと布団を敷いて、1チームがそれぞれ寝泊まりする。プライベートスペースもほとんどないわけです。他の教室には違う国の人たちが来て、食事やトイレ、バスルームとかの使い方も違うわけです。違った文化を受け入れて生活していくというのもそうですし、そうした環境の中で、どう過ごしていくか、どうポジティブに取り組んでいくかというところで鍛え上げられたものはすごく大きいです。
そして、その日本の恵まれた環境とは違う中で、最終的に笑って過ごせた選手たちの逞しさの方が印象に残っています。これぐらい力があるんだったらもっとできるなということを、帰ってきて今の指導に活かしている感じですね。
やっぱりレッズレディースの育成というのは、心身ともに力を持った選手たちが集まっているところだなとすごく感じました。
ジュニアユースとユース、それぞれの役割

――ジュニアユースとユースの役割の違いをどう考えていますか。
一緒のところが一つ、違うのが一つで、二つあります。
一つは、とにかくここの育成は楽しくて楽しくてしょうがないという空気を作りたいと思っています。これはジュニアユースもユースも共通です。
違うのは、ユースにはより厳しい競争があるというところ。トップ昇格前の最後を担うところということです。ここが多分ジュニアユースとユースの違いです。もちろんジュニアユースにもあるんですけど、よりトップチームに近い分だけ競争の強さが増すということです。
「厳しさ」は自分が招くもの――ポジティブな挑戦の姿勢
――米田ダイレクターはスポーツには高みを目指すための「厳しさ」が必要ということをおっしゃっていました。米田ダイレクターの考え方を教えてください。
そもそも「スポーツ=厳しさ」ではないと思っています。楽しむこととか体を動かすこととか、そういう部分はどのスポーツにもあると思うんですけど、厳しさというのは自分が招くものというか。
試合に出てプレーすれば楽しいという人はそれでいいと思います。しかし、もっと向上したいと思えば、足りない自分がいて、その理想とのギャップに厳しさや大変さを感じると思うんです。その中で何をしたいか、こうしたいという自分があるから、自分に厳しい基準を設けて、自らハードルを作っていくわけですよね。
だから、その挑戦する、挑戦できる環境や姿勢をジュニアユースで作り、選手たちにも植え付けていく。そういう競争に挑めるようにしていきたいというのが、僕のイメージです。
――ジュニアユース年代で、厳しさを自分に課してチャレンジするマインドを育てるということですね。
挑戦には失敗も出るし成功も出てくるんですけど、その結果ではなく挑む姿勢というのをジュニアユースで育んで、挑戦していくマインドを作りたいです。そして自分で招く厳しい競争、挑戦するマインドというものを育んで、ユース年代では厳しさをものともせず、挑戦を実行するというのを考えたいなと思います。
その「自分に厳しい」というのは、ネガティブじゃなくて、自分が高い位置に行きたいと思うから、そのハードルができるということです。ポジティブな意味で使っています。
だから理不尽に耐えるとか、厳しい言葉に耐えるとか、そういうことがスポーツではなくて。オリンピックでも参加することに意義があれば選手たちが想像を絶するような厳しさに直面することはなく、金メダルを目指すからこそそうなるのだと思います。それを目指しているのは結局自分たちだから。
WEリーグチャンピオンの先を見据えて

――トップチームの姿勢も、そういう考え方と共通していますね。
レッズレディースはWEリーグチャンピオンで良かったという段階で満足せず、次のことを考えているわけです。じゃあ今度は世界に出たい、その中でチャンピオンになりたいとなって、これはやっぱり厳しい競争になってくると思うけど、結局は自分たちがそれを望んでやるわけですよね。
その挑戦するとかチャレンジするというのが、とにかく土台にある人たちがやっていく。そしてその場を作っていくというのが、育成の現場になっていくんじゃないかなと思います。
ユース年代で獲得させたいこと
――ユース年代で、選手たちに獲得させたいことは何でしょうか。
やはり一番は、ジュニアユースで、もしくは自分がサッカーをやり始めたときに、これをやりたいなと思ったものがあったと思います。ドリブルとかスルーパスが好きとか。そういうものを明確に自分で整理できること。それに思いっきり労力を惜しまず挑戦できること。それをマインドとして絶対に獲得してほしいなと思います。
あとは、それがどんな状況でも自分自身でやれる力を持つこと。どのチームに行っても、もしくはサッカーじゃないシーンに出ていっても、できることという力を身につけるのが、育成組織の目標でもあり、目指してほしいなというところです。
――自分の武器を見定めて、それをどの監督やチーム、環境でも出せるようにするということですね。
そのとおりです。そのためには、人の話を聞く、何を求められているか理解する、その中で自分が何ができるかという考え方をちゃんと持てる、整理できることが、高校卒業するぐらいにはもう芽生えていてほしいなというのが一番です。
サッカーを追求することが人間的成長につながる
――教育的な側面も大切にされているんですね。
サッカーの中のテクニカルのところの根幹をここまで話しはしていないんですけど、そこも含めて全て教育的な側面というのは入っていると思います。そういうものを獲得できることが、スポーツとかサッカーの価値のあるところで、それがあれば多分どの世界に行っても、この人はこういう力があるなというのは認められると考えます。
ちょっと知らない世界に行ったときには、時間はちょっとかかるけれども、必ずその人の魅力というのが発揮できるものなんじゃないかなと。僕は、そのすべてがサッカーに入っていると考えています。サッカーを追求していくと、そういうものに必ず当たっていくわけで、そこを悩んで整理して解決していくということが、人間的な成長というか価値に必ずつながると思っていて、それがサッカーの魅力なんじゃないかなと思います。
世界でもそこが認知されているからこそ、サッカーがすごく価値が高いものになっているのではないかと思うので、絶対にそれを日本に作っていきたいなというのが、今の思いです。
今シーズンの目標――サッカーが楽しくてしょうがない空気づくり
――今シーズンの目標を教えてください。
試合面で言えば、全国大会にも出場するので、優勝を目指してやれたらなと思います。
育成ダイレクターとして考えるのは、やはり空気づくり。サッカーがもう楽しくて楽しくてしょうがないという根を作ること。あとジュニアユースには挑戦をするという根を作ること。それとユースにはそれを持って自分で競争に挑めること。これらの基盤を、今シーズン、今のメンバーで作っていきたいなと思っています。
スウェーデン遠征の報告はこちら
https://www.urawa-reds.co.jp/redsladies/informations/information_4379.html
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